【就職氷河期時代のリアル⑭】就職氷河期を乗り越えてつかんだ内定

就職氷河期

就職氷河期という時代背景の中で

1990年代後半から2000年代初頭、日本は深刻な経済停滞に直面していました。

バブル崩壊後、企業は新卒採用を大幅に絞り、大学生たちは「超氷河期」と呼ばれる厳しい就職市場に身を置くことを余儀なくされました。

私が就職活動をしていたのも、まさにその「就職氷河期」の真っただ中でした。

内定率は戦後最低水準とも言われ、どんなに努力しても結果が出ないことも珍しくありませんでした。

それでも私は、「これからはITの時代が来る」と信じ、ソフトウェア開発の道を志していました。

たとえ文系出身であっても、情熱さえあればこの世界で勝負できる。そう自分に言い聞かせ、数多くの企業にエントリーを続けていました。

運命の日、最終面談へ

幾度もの選考を乗り越え、ある日、ついに最終面談を迎えることになりました。

会場は、都会にある立派なビルの最上階。

緊張のあまり体中の神経が張り詰め、面談が終わる頃にはすっかり疲れ切っていました。

面談後、ビルの一角にあるオフィススペースで待つように指示されました。

そこには高級感のある革張りのソファが置かれており、私は社長椅子のようなそのソファに腰を下ろし、15分、20分と待つことになりました。

目の前に現れた「社長」

ふと周囲に目をやると、女性社員にエスコートされて年配の男性が現れました。

明らかにただ者ではない雰囲気——それが、この会社の社長でした。

社長は私の正面に座ると、何も話さず、1分ほどただじっと私を見つめました。

その無言の圧力に、私はたじろぎながらも背筋を伸ばして座り直しました。

やがて社長は、おもむろに口を開きました。

「あなた、ソフトウェア開発とはなんだかわかりますか?」

突然の問いに、私は驚きながらも必死で答えました。

「要求された仕様に基づき、プログラムを作成し、システムを構築して、顧客を満足させるサービスです」

しかし、社長は即座に叫びました。

「違う!!」

社長の熱弁と、心に火が灯った瞬間

社長は声を荒げながら続けました。

「ソフトウェアは“技術”だ。サービスではない!」

そこから20分以上、社長の熱弁が続きました。

ソフトウェア開発とは、顧客に媚びるのではなく、技術によって価値を生み出す仕事であり、技術者はプロフェッショナルでなければならない——。

社長の話を聞きながら、私は次第に目を輝かせていったのを覚えています。

その場では一言も口を挟む余地がありませんでした。

ただただ聞き入り、心の奥底から「これだ、自分はこういう仕事がしたかったんだ」と思えたのです。

無言の審判、そして「内定」の瞬間

社長は、唐突に話すのをやめ、また無言で私を見つめました。

少し俯き気味になったその目には、老眼鏡の上から私を試すような鋭い光が宿っていました。

やがて、社長は静かに言いました。

「君、合格だ。おめでとう、内定だ」

その声は、これまでの怒涛の口調とは打って変わって穏やかでした。

近くにいた女性社員に向かって、「決めた。内定だ。今からサインするから書類持ってきて」と指示を出しました。

長い戦いの終焉、ガッツポーズ

こうして、大学3回生から続けてきた長い就職活動に、ついに終止符が打たれたのです。

私は心の中でガクトの格付け番組のようにガッツポーズを取りました。

その後、社長がサインした内定通知や関連書類を受け取り、「返信は後日でいい」と言われ、オフィスを後にしました。

心の中では何度も何度も「よっしゃーーーー!」と叫びました。

内定先は株式会社大和コンピューター

内定をいただいたのは、従業員数約200名ほどの独立系IT企業、株式会社大和コンピューター。

初任給は22万円程度と、当時の相場から見ても特に高くはありませんでしたが、私はまったく気にしていませんでした。

なぜなら、「これからはITの時代になる」という確信があったからです。

当時はまだ、そんな思いは単なる学生の思い込みに過ぎませんでしたが、それでも自分の信じた道を進めることに、誇りと喜びを感じていました。

その後の未来と振り返り

後日談として、内定をもらった株式会社大和コンピューターは、数年後に株式上場を果たしました。

当時は予想もしていなかった未来です。

厳しい就職氷河期の中、文系出身ながらITエンジニアの道に進むことができたこと、

社長との運命的な出会いを経て、ソフトウェア開発の本質に目覚めることができたこと——。

あの日の経験が、今の私の礎になっています。

締めの一言

いま、就職活動で苦しんでいる人たちへ伝えたいことがあります。

どんなに時代が厳しくても、どんなに道が見えなくても、

「自分の信じた道をあきらめずに進むこと」。

その信念が、未来を切り開く力になると、私は信じています。

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