大学進学が決まり、春からの新生活に胸を弾ませていた頃。
私は、大学が始まる前から、大阪・梅田の東通り商店街にあるラーメン屋「丸福」で深夜アルバイトを始めました。
東通りといえば、今も大阪有数の繁華街ですが、当時も多くの飲食店やバーが立ち並び、夜遅くまで賑わうエリアでした。お初天神にも近いこの界隈は、遅い時間帯でも人通りが絶えず、特に深夜営業の店にとっては絶好の立地だったのです。
深夜10時から朝5時まで——ラーメン屋「丸福」での日々
私が働いていたのは、夜10時に出勤し、朝5時すぎまで勤務する深夜シフト。
時給は1150円。当時(1990年代後半〜2000年頃)のアルバイト平均時給は、昼間で800〜900円台が普通だったので、深夜手当込みとはいえ、この額はなかなか魅力的でした。もちろん今ならもっと高いかもしれませんが、当時の学生にとっては十分に「いいバイト」だったのです。
しかし、環境はかなり独特でした。
社員たちは一癖も二癖もある人ばかり。
離婚歴のある人、事業に失敗した過去を持つ人、友人の借金保証で多額の負債を抱えた人…。飲みすぎて他店のシャッターを蹴りまくる金髪の元ヤンキーや、夜逃げした従業員の奥さんが店に怒鳴り込んでくる、そんな出来事もしょっちゅうでした。
深夜のラーメン屋という場所柄、客層もなかなか個性的。
ヤクザ風のお客さんが来店することもあり、スープをこぼして締め上げられたり、どんぶりをバチ投げる客がいたりと、今思えばかなりスリリングな現場でした。
また、女装したオネエに絡まれたり、夜の街ならではの出会いも多く、日々が刺激に満ちていました。
もちろん楽しいことばかりではありません。
朝4時ごろ、掃除をしているときにウトウトしてしまい、怖い先輩に大声で怒鳴られることもありました。
それでも、不思議と一緒に働いていた仲間たちとは絆のようなものがあり、困難も笑い飛ばせる、そんな雰囲気がありました。
アルバイトと就職活動の両立——交通費、食事代、思わぬ出費
本題に入ると、大学生活が本格的に始まり、特に就職活動が始まると、何かとお金がかかるようになります。
企業訪問のための交通費、説明会や面接に行く際の食事代、そしてスーツや鞄などの身だしなみを整える費用。
最初は想定していなかった出費が次々とかさんできて、バイトのシフトも減らさざるを得なくなりました。
昼間は学校と就活、夜はアルバイト。
当然ながら体力的にも限界を感じる場面が多く、授業中に居眠りしてしまうこともしばしばでした。
アルバイトで貯めたお金は、エアコンの購入費や自動車免許の取得、衣服代、そしてデート代に消えていきました。
「多少の貯金は必要だな」
当時の私は、身をもってそれを痛感していました。
ラーメン屋以外のバイト経験も
ちなみに、ラーメン屋「丸福」以外にも、いくつかのアルバイトを経験しました。
チルド食品の仕分け作業、荷物の仕分けなど、いわゆる「黙々と作業系」のバイトです。
しかし、正直言って、周りのメンバーの質はあまり良くありませんでした。
コミュニケーションが取れない人が多く、作業中も無言で、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。
なんとも味気ない日々で、やはり「人との関わり」があるバイトのほうが、自分には向いていると改めて感じたものです。
串カツ屋でのアルバイトも一時期やりましたが、やはりラーメンへの愛着もあり、最終的には「丸福」に腰を据え、大学4年間を通じて続けることになりました。
4時になると現れる革ジャンのオヤジ
「丸福」での名物のひとつが、朝4時ごろに現れる、グラサンに革ジャン姿のオヤジ。
毎朝、集金のために店にやってくる彼は、店の掃除をしている私たちに向かって、少し説教じみた話をして帰っていきました。
「大学は金がかかるんやぞ」
「ここでいろんな奴と出会って、いろんなヤバい客と接して、社会勉強して金もらえる。お前らサイコーやな」
「まぁ、キバレや」
彼は、ヤクザという感じではありませんでしたが、明らかに普通のサラリーマンとは違う雰囲気を纏っていました。
今思えば、社会の表も裏も知っているような、不思議な魅力のあるおじさんだったな、と思います。
あれから時は流れて
あれから20年以上の月日が経ちました。
「丸福」はすでに閉店し、当時一緒に働いていた仲間たちも、それぞれの道を歩んでいることでしょう。
今、ふとあの頃を思い出すと、ただ忙しくて苦しかっただけではなく、若さゆえの無鉄砲さや、仲間たちとの何気ない時間、そして理不尽な出来事さえも、すべてが愛おしく感じます。
社会に出る前の、ちょっとした「修行」だったのかもしれません。
アルバイトを通じて得たのは、単なる生活費だけではありませんでした。
理不尽に耐える力、コミュニケーション力、ちょっとしたしたたかさ。
そして何より、どんな状況でも「楽しむ力」。
今もきっと、あの頃の経験が、自分の中で生きている気がします。
もしタイムマシンがあったら——
きっともう一度、「丸福」で深夜バイトをしてみたい。
そんな気持ちにすらなるのです。
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